シカゴ発:奇跡の90歳の生き方に学ぶ “スウィングしなけりゃ意味がない”

38歳で会社を辞めて単身渡米した私を、今まで鍛え支えてくれた存在。それは、アメリカで得たかけがえのない友、それもずっと年上の方たちでした。そのひとり、リチャードから招かれた90歳の誕生パーティーで、多くの先輩方から改めて人生の豊かさを学びました。

彼との出会いは約7年前。大好きなジャズが聴きたくてふらりと行ってみた近所のバーで、たまたまやっていたジャムセッションに飛び入りして何曲か歌ったときのこと。ほっと一息ついていた私の席に、自らも素敵な歌声を聴かせてくれた彼がやってきてこう声をかけてくれました。「君の歌がどれほどこの場を楽しませてくれたか、ただそれを伝えたくてね。また歌いにおいで。ここにいる人たちはみんな家族のようなものだからね」

アジア人をほとんど見かけないこの郊外で、勇敢にも夜一人で現れた日本人女性が相当珍しかったのかもしれませんが、彼を含む地元シンガーたちの温かさに誘われるまま私は毎週のように同じ場所へと足を運ぶようになりました。そしてその日以来、リチャードの横が、私の指定席になりました。

リチャードは地元では有名なアマチュア・ジャズシンガー。子供のころからマイクを握り、ジャズ全盛期のシカゴでは毎晩のように歌っていた筋金入りのシンガーで、その声はまるでメル・トーメのよう。なにより驚くのは年齢を感じさせない若々しさ。ピンと伸びた背筋、声の張りやブレスの長さ、加えてどんな曲解説もすらすらと話して聞かせる記憶力は、まさに“奇跡の90歳”。あのトニー・ベネット(91歳)も真っ青!そして、彼の傍らにはいつも必ず、5歳年下の奥様、シルビアがそっと寄り添います。シルビアはダンスの達人で、ふたりがいったんフロアで踊り出すと、誰もがその軽やかなステップの釘づけになってしまうほどでした。

 

リチャードの記念すべき90歳の誕生パーティーの会場は、地元で有名なゴルフ倶楽部。タキシードでビシッと決めた彼は、ゲストひとりひとりを笑顔で出迎えてくれました。半年前からリザーブされた一番大きなパーティールームでは、彼自らが選りすぐったシカゴの一流ジャズ・ミュージシャンが特別バンドを編成してジャズの生演奏。まるで、彼が青春時代をおくった1940~50年代のシカゴのキャバレーさながら。

 

 

 

 

 

 

 

招かれたゲストは約130人。ふたりの子供や孫たち(リチャードとシルビアは子連れの再婚同士)、退役軍人仲間、音楽仲間、と年齢も職業も知り合った年数も違う人たちが一堂に会し、リチャードの長年のリベラルで幅広い交友関係を表していました。

私はただただ、シニアパワーに圧倒されっぱなしでした。この年代のアメリカ人は人生の楽しみ方を知っていらっしゃる。加えて、人づきあいが実に粋。私の様な若輩者にも分け隔てなく接してくれるだけでなく、こんな大切な場にも夫婦で招待してくれるのですから。恐縮しながらお礼を言うと、「君は僕にとってハートで通じ合えるとても大切な友だよ。I love you in a certain way (別の意味合いで君を愛しているからね)」とお茶目なウィンク。これには思わず、目頭が熱くなりました。

振り返れば、リチャードのような素敵なシニアの方々が私のアメリカ生活にどれほど彩りを与えてくれたことでしょう。「ここにいる人たちはみんな家族のようなもの」―初めて会ったときのあの言葉を、7年間の友情を噛みしめながら実感した珠玉のひとときでした。

text / 長野尚子

 

長野尚子

シカゴ郊外在住、フリーライター、編集者、週末ジャズ・シンガー。(株)リクルートの制作マネージャー&ディレクターを経て、早期退職。アメリカ(バークレー)へ単身“人生の武者修行”に出る。07年よりシカゴ。著書に『たのもう、アメリカ。』(近代文芸社)。facebookのコミュニティ「Chicago Samuraiシカゴ侍」管理人。「阿波踊りシカゴ」リーダー。http://www.shokochicago.com/

 

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