かつては歴代德川将軍も祝った和菓子の一大イベントをご存知ですか?京都の老舗和菓子屋で開かれた嘉祥菓子の席をリポートします。
「嘉祥」という行事のおこりは古く、平安時代、嘉祥元(848)年6月16日に、仁明(にんみょう)天皇が16の数にちなんだ菓子や餅などをお供えし、厄除けや招福を祈願したことともいわれています。
和菓子で平安を祈るこの宮中行事は時代とともに人々に広がり、戦国時代には豊臣秀吉や德川家康らも祝いました。
殊に江戸時代、德川将軍家においては、500畳敷の江戸城大広間に2万個を超える羊羹や饅頭を並べ、大名や旗本達に菓子を与えたといいます。中でも二代将軍秀忠は将軍自ら各大名らに菓子を与えたため、数日間肩が痛かったと記録に残っています。
明治期までは盛んだったこの行事を全国和菓子協会が昭和54(1979)年、「和菓子の日」として復活させました。以来、少しずつ菓子の再現、復興の広がりを見せています。
嘉祥の日の前日、6月15日に西陣の老舗 塩芳軒(しおよしけん)さんで、京都では珍しく嘉祥菓子とお茶を楽しむ催しがあり、お邪魔して来ました。
塩芳軒では季節の行事、節句などを大切にされていて、特に今年からはお店の中で、雛祭や端午の節句など季節の行事の上生菓子などを気軽に楽しむ催しを手掛けていらっしゃいます。
私も普段は店先でお菓子を求めるだけなのですが、この日は特別に中庭を臨むお部屋に通していただき、この日のために作られたお菓子とお茶を楽しませていただきました。
ご亭主の高家啓太さんが用意されたのは、麗しい赤色が印象的な練り羊羹、黄色く染めた米粒をのせたいが餅(伊賀餅、稲花餅など諸説あり)、そして松風の三種の菓子。製法の異なる菓子にすることで、色んな和菓子を味わえるようにとの心細やかな演出でした。
小ぶりながら密に練られた羊羹は一口ごとに味わい深く、また、お部屋に敷かれた緞通の青色とお庭の緑の中、この赤い羊羹が映えてとても綺麗でした。いが餅はとてもとても柔らかく、赤ちゃんのほっぺのようなきめ細かさが忘れ難い食感でした。
ご亭主の高家さんが来て下さり、行事の由来や今回特別に作られた和菓子の製法などについて、直に色々伺うことが出来ました。
3つ目の和菓子・松風については「生地は一日寝かし、一般的に使われるお味噌ではなくお醤油を使っての風味付けにしてみました。」とのこと。
確かに香ばしいお醤油の香りとゴマの風味とが合わさり、ふんわり柔らかめの生地もこれまた美味しかったです。
こんなに贅沢なひとときを過ごせるなんて……。至福の時でした!
実はかねがね私は京都の上生菓子を観光客、旅行中の方にも召し上がっていただきたいと強く思っていたので、塩芳軒さんのこうした試みはとても嬉しく、ぜひ、皆さんにも塩芳軒さんに足を運んでいただいて、季節ごとの和菓子を楽しんでいただきたいです。
塩芳軒さんの次の催しは、6月29日(土)の水無月の席、そして7月6日(土)の七夕の席が予定されています。
予約など詳しいことはお電話などで下記までお問い合わせください。
塩芳軒(しおよしけん) 075-441-0803
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Text/倉松知さと
関西在住。キャスター、歴史番組制作、京都情報ポッドキャスト制作などを経て、京都・歴史ライターへ転向。京都歴史ガイドブック『本当は怖い京都の話』(彩図社)ほか、雑誌で歴史エッセイを連載中。京都、歴史ジャンルでのラジオ、テレビ出演、講演なども。日本旅行作家協会会員。個人ブログ『京都に来るなら…』https://ameblo.jp/ciaokyoto/