【STORY】私のセカンドライフ~義太夫修行日記① 阿波人形浄瑠璃に呼ばれた日。

アメリカ生活と地元徳島についてW LIFEでも執筆してくださっている長野尚子さんの月1新シリーズがスタートです!情熱をかけるセカンドライフ、あなたも見つけたくなる、そして阿波人形浄瑠璃が見たくなるそんなSTORYの第1回。

あの日、あのとき、あの場所に行かなければ・・・という不思議な出会い、人生に何度経験できるでしょうか。こんな運命の“引き寄せ”も、年齢を重ねるととともに減っていくのが常。しかし!人生を折り返した私の前に、ある日突然これからの生き方を変えてしまうような衝撃の出会いの扉が。扉の向こうにあったのはなんと伝統芸能「義太夫(ぎだゆう)」の世界でした。

人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)の義太夫って何?

そもそも「義太夫」と聞いてすぐさまピンとくる人はきっと少ないはず。義太夫とは義太夫節の略で、「語り物」と呼ばれる芸能の一つです。(ちなみに、琵琶法師、落語、講談などもこの語り物に含まれます。)義太夫節は、三味線の伴奏に合わせて語り手がストーリーを語る「浄瑠璃」の一流派で、その語り手のことを「太夫(たゆう)」もしくは「義太夫」と呼びます。創始者である竹本義太夫がその名のいわれですが、彼が生み出したのが浄瑠璃と人形が合わさった「人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)」です。

人形浄瑠璃は、義太夫(語り)、三味線(伴奏)、人形が一体となって演じる人形劇芝居です。大阪では「文楽」として人気を博し、淡路(旧阿波藩・徳島の領地)、さらに徳島へと拡がり、独自の発展を遂げました。それが国の重要無形民俗文化財にも指定されている「阿波人形浄瑠璃」。これからのお話は、この「阿波人形浄瑠璃」の義太夫との出会いについてです。

徳島県は全国有数の「農村舞台」の宝庫。山間部の農家の人々は、収穫の合間に人形浄瑠璃を唯一の娯楽として楽しんできました。土地の人々の暮らしと共に育まれた土着芸能、これこそが「阿波人形浄瑠璃」の一番の特徴です。(写真提供:徳島県立阿波十郎兵衛屋敷)

義太夫との出会いはある日突然にやってきた

2018年秋、長年住んだアメリカから実家のある徳島に帰国しました。久々の日本生活をしばらく楽しもうかと思っていた矢先、なんと父が要介護になるという想定外の展開に。高齢の父、日本暮らし初体験の外国人夫と私、ひとつ屋根の下での新生活は波乱の幕開けとなりました。

慣れない共同生活に疲労もストレスもピークに達したある日。ほんのひととき自分を解放したくなって逃げるようにある場所へと車を走らせました。向かった先は、阿波人形浄瑠璃の公演を毎日行っている「阿波十郎兵衛(じゅうろべえ)屋敷」。家から近くて心穏やかになれる場所なら正直どこでもよかった・・。

国指定重要無形文化財「阿波人形浄瑠璃」を毎日上演している、徳島の観光名所「阿波十郎兵衛屋敷」
手入れの行き届いた美しいお庭の奥には人形浄瑠璃に関する展示室もあります。
定番の演目『傾城(けいせい)阿波の鳴門』は徳島藩のお家騒動を題材に創作された物語。母(お弓)と娘(お鶴)の再会、そして悲しい別れのシーンが涙を誘います。人形浄瑠璃の人形は基本、一体につき「三人遣い」で動かされています。

人形浄瑠璃を見たのは子どもの頃以来。正直そのときは退屈でした。でもあらためてじっくりと向き合うと、日本への郷愁も手伝ってただただ心が震えました。哀愁を帯びた三味線の音色、熱く狂おしい義太夫の語り、心の奥底をふとした動きだけで表現する人形たちの奥ゆかしさにみるみる引き込まれ、棘々していた心がゆったりと癒されていくのを感じたのです。

情を「語る」のが義太夫の使命

私が特に心を揺り動かされたのは義太夫節でした。義太夫は、物語を進行するナレーターであり、三味線に合わせて情景描写を歌うシンガーであり、何人ものキャラクターを演じ分ける役者という三役を担います。男女の性別、町民や武士などの身分、幼な子や老婆など幅広い年代の登場人物をたった一人で演じ分けるのですが、ただ声色を変えるのではなく、“情”を語り分けないと見る人をその世界に誘うことができません。

趣味でずっとジャズを歌ってきた私にとって、浄瑠璃もジャズも“(聞く人に届くかどうかは)言葉の上手下手やスキルじゃない。歌詞の心をいかに伝えることができるかだ”という根っこのところは同じなんじゃないか、と心にストンと落ちました。

ジャズとちがうのは、浄瑠璃は西洋音楽の影響を受けていない日本独自の芸能であること。つまり、日本人だからこそ語れる世界です。しかも阿波人形浄瑠璃は“阿波人”にしか語れない“臭い”があるはず。これから30年かけて取り組めば、私という人間の集大成ができるんじゃないか!という思いがふつふつとわいてきました。

阿波十郎兵衛屋敷に掲げられた出演団体の名板。「○○会」(5団体)は太夫部屋、「○○座」(12団体)は人形座を表しています。ここでは毎日違う団体がライブで公演を行っています。(写真提供:徳島県立阿波十郎兵衛屋敷)

心の声が「これをやりなさい」と囁いた

終演後、席から立ち上がった私はとっさに「義太夫を習ってみたいのですが教えてくださる方をご存知ですか?」と館の女性に声をかけていました。

「来週ここで義太夫節鑑賞会があります。よろしければいらっしゃいませんか」

翌週の義太夫節鑑賞会は、「太夫部屋」(三味線と太夫で構成されるグループ)による「素浄瑠璃」(人形のつかない三味線と太夫だけの演奏)が上演されていました。その太夫部屋のひとつ「友和嘉会(ともわかかい)」を主宰する竹本友和嘉(ともわか)師匠を紹介いただき、おそるおそる「義太夫を習いたいのですが・・」とお願いをしてみました。

舞台上で見せる厳しい表情からがらり、「義太夫に興味を持ってくださったんですか?うれしいわぁ~」と阿波弁で破顔一笑される師匠を見て即“弟子入り”を決意!友和嘉師匠は国の重要無形文化財の浄瑠璃「義太夫節」の総合認定保持者で、人形浄瑠璃の発展や義太夫の育成に力を注いでこられた徳島でも数少ないプロの義太夫。(なんとツイているんだ、私!)この出会いは、人生経験を重ねた今、徳島に帰ってきた私にとって「必然」だったのだ、と直感しました。

(つづく…)

次回は、緊張の「初稽古」についてお話しします。

決意の日。出番を終えた『傾城阿波の鳴門』のお弓さんとお鶴ちゃん母子に囲まれて。

徳島県立阿波十郎兵衛屋敷(あわじゅうろべえやしき)

https://joruri.info/jurobe/

阿波人形浄瑠璃の上演を毎日行っています。展示室では人形浄瑠璃に関する資料や「木偶(でこ)人形」、太夫の小道具、浄瑠璃用の太棹(ふとざお)三味線などを見ることができます。徳島のお土産ショップも人気。

●県内の中学生たちで構成する「あわっ子文化大使」が阿波人形浄瑠璃を取材した動画。初めての方にもとても分かりやすく説明されています。(本人出演 …)https://www.youtube.com/watch?v=GWZkDQCd58s

Text/長野尚子

フリーライター、編集者。(株)リクルートの制作マネージャー&ディレクターを経て、早期退職。アメリカ(バークレー)へ単身“人生の武者修行”に出る。07年よりシカゴへ。現在は徳島在住。シカゴのアート&音楽情報サイト「シカゴ侍 http://www.Chicagosamurai.com 」編集長。四国徳島とシカゴの架け橋になるべく活動中。著書に『たのもう、アメリカ。』(近代文芸社)。 http://www.shokochicago.com/ 日本旅行作家協会会員。

GREEN SPOON

“【STORY】私のセカンドライフ~義太夫修行日記① 阿波人形浄瑠璃に呼ばれた日。” への2件のフィードバック

  1. もうちょっと若かったら、私も弟子入りしたでしょう。わたしは、クラシックなんですけど、歌うのは好きです。

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