このところ、耳にしたり目にする機会が増えた『サステナブル(Sustainable)』というキーワード。2015年に国連サミットにおいて世界共通の目標として『SDGs ; Sustainable Development Goals(エス・ディ・ジーズ;持続可能な開発目標)』が採択されたことを受け、『サステナブル』、つまり“持続可能な”社会を実現するための取り組みがさまざまな分野ですすめられているのはご存じの通り。その活動に興味を持っている方も多いことでしょう。
私たちを非日常の世界へ誘うラグジュアリーホテルやレストランの現場も、例外ではありません。けれど、贅沢な時間を提供することと、地球環境に配慮し、使う資源を減らして循環させる経済活動は、果たして共存可能なのでしょうか。
そこで、『帝国ホテル東京』でフードロス対策に取り組む第14代料理長・杉本 雄(ゆう)氏に現場での取り組みをお聞きしました。
帝国ホテルが20年間にわたり取り組み続けるサステナブルな活動
日本の迎賓館として1890年11月に開業し、2020年には130周年を迎えた帝国ホテル。同帝国ホテルグループでは2001年より『環境委員会』を発足させ、環境負荷を減らすための活動を行っています。例えば、客室から回収したゴミは約20種類に分別。料飲部門においては、生ごみを堆肥にして生産者に還元し、その野菜を環境循環型野菜として一部のメニューに取り入れるなど、お客様の目に見えないところで、さまざまな取り組みが導入されてきました。
さらに2020年4月からは、『環境委員会』が『サステナビリティ推進委員会』に名称を改め、同ホテルの企業理念である“国際社会への貢献”をますます進めています。そのなかで、食の分野において推進するミッションのひとつに、“サステナビリティを日常とする帝国ホテルらしい料理を作る”ことがあり、その中心的役割を果たしているのが、約350人いる調理部門を統括する東京料理長の杉本氏です。
フランス滞在中に感じた、フランス料理と日本料理の根本的な違いとは?
帝国ホテルに入社して、いったんはホテルを離れ渡仏した杉本氏。2017年に再入社し、2019年には若干38歳で東京料理長に就任したことが話題になりました。その重責に加えて今回、料飲部門の意識改革にも繋がる重要なミッションを担うことに戸惑いはなかったのでしょうか。
「戸惑いは全くありませんでした。それより、日本にもこのような流れが浸透してきて、料理でそれを表現できることをうれしく感じました」と杉本氏。
フランスを中心にヨーロッパで13年間を過ごし、各地のレストランを見てきた杉本氏。とりわけ、農業国であるフランスでは自国の農産物で生計を立てている人が多く、フードロス対策を始めとした環境への配慮に対する考え方は、日本よりかなり進んでいるのだそうです。
フランス料理とは、もともと地方料理の集合体で、それぞれの地方での“地産地消”が基本。例えば、その土地で採れた野菜に、その土地で育った牛や羊、そのミルクから作るチーズなどの乳製品、土地のブドウで造るワインを合わせることが、ごくごく自然に行われています。そこに、数100km離れた土地から運んできた食材を使う意識がほとんどないといいます。
「日本料理にも優れた面が多くあります。申しあげたいのは、フランス料理と日本料理の考え方の違いです。フランス料理における食材とソースは、魚ならその魚の骨から出汁を取ってソースを作ります。肉であっても、やはりその骨やスジから出汁を取ってソースにします。コンブやカツオなど、食材の良い部分を選んで出汁を取り、料理を構成する日本料理とは、根本的な考え方が異なるのです」
食材の恵みを最大限に生かし、使い切ることがフランス料理の考え方
「フードロス対策は、ホテル業界において重要なテーマのひとつ」と語る杉本氏に、レストラン・宴会部門での具体的な取り組みを伺いました。
一例が、レシピ上、製造過程においてどうしても出てしまうパンの生地をラスクにした取り組み。イースト菌が入ったパン生地はどんどん膨らんでしまうため、そのまま生ゴミとして捨てることはできません。これまでいったん焼いてから廃棄していたものを、数種類の余った生地を集め、新しいパンを生み出す取り組みとしてラスクを作りました。これを昨年11月3日の開業記念日に、ホテルショップに来店したお客様に配布して差しあげたそうです。さらにその生地を使って、フレンチトーストなども試作しました。
このラスクを手にしたお客様のなかには、同ホテルのこのような取り組みを初めて知った方も多いに違いありません。これだけでも大きな発信になると杉本氏は考えています。
杉本氏が常に心掛けているのが、フランス料理の基本的な考え方でもある「食材の恵みを最大限に生かし、無駄なく使い切る」こと。例えば、根菜の皮はオーブンでじっくりローストしてからコンソメにして野菜のブイヨンを作り、出汁を取った後の野菜はパウダーにし、浮き実に利用することも。海老の場合、頭から抽出したオイルでソースを作り、足はフライにし、残った頭と殻はローストしてこれもまたパウダーに。そうすると、捨てる部分がほとんどなくなります。
「私からしたら、野菜の皮やエビの殻は、立派な食材。外敵から身を守るためにあるいちばん外側は、その食材がもつパワーが最も凝縮された部分。味が濃く栄養価が高く、繊維質も多い。つまり、いちばん美味しいところなんです。これを捨てるなんて、もったいない!(笑)」
杉本氏のお話からは、食材を余すところなく使い切る料理がどんなに滋味深く、美味しいものになるかが想像できるでしょう。実際に拝見したお料理は美しく繊細ななかに、食材の生命力が伝わってくるような躍動感が感じられました。とはいえ、毎日大量の食材を扱う厨房で皮や骨まで使い切る調理法は、効率を考えると難しい場合もあるのでは?
「フードロス対策には確かに時間と手間が掛かります。仕事量が増えることは否めず、ホテルの厨房で行うとなると、ビジネス面では今のところ、マイナス要素の方が多いかもしれません。しかし、だからこそ料理人として技術とアイデアを生かすことができる。そのやりがいとか、楽しさをスタッフと共有していきたいですね」
こう語る杉本氏が新たに力を入れているのが、食育活動。“食材の味覚体験”をテーマに、小学生とそのご両親を対象として、食材の使い方や食文化、テーブルマナーを学ぶイベントを開催しました。また、YouTubeの公式チャンネル『Yu’s ~杉本 雄のフランス料理』では、料理動画を配信。最近では、ジャガイモを丸ごと使いきるポテトサラダのレシピを紹介しています。
●帝国ホテル公式チャンネル『Yu’ s~帝国ホテル 杉本 雄のフランス料理~冷製スモークサーモンとポテトサラダ』
https://www.youtube.com/watch?v=DKRciW7zm30
130年の歴史をもつ帝国ホテルとして発信し続けるすることに意味がある
開業から130年間、伝統を守りながらも、時代に応じた変革へ歩みを続ける帝国ホテル。最近では、国内のラグジュアリーホテルとしては初ともいえる、長期滞在の『サービスアパートメント』事業の開始が大きな話題になりました。調理部門においても開業以来、日本における西洋料理の歴史を築いてきた、このホテルから発信し続けることにこそ意味があると杉本氏は言います。
「サステナブルな料理をホテルのビジネスとして展開するには時間が掛かるかもしれません。しかし、まず一歩目を踏み出さないことには二歩目、三歩目はありません。自信をもってご提供できるレベルまで高め、それを召しあがってくださったお客様が地球環境について関心をもたれるきっかけになればうれしいですね。ステイタスを守りながら、帝国ホテルが掲げるサステナブルとは何かを発信し続けていくことが、料理長としての私の役割だと思っています」
若き料理長の言葉の一つひとつから、フランス料理の原点にサステナブルの概念が根付いていて、ラグジュアリーとの共存が可能であることが伝わってきました。これからも次々と登場してくるであろう新たな取り組みと、そのアイデアから生まれる料理に期待せずにはいられません。
●杉本 雄(すぎもと ゆう)氏
帝国ホテル第14代東京料理長。
1999年、帝国ホテルに入社後、2004年に退社し渡仏。ヤニック・アレノ、アラン・デュカスなど世界的な料理人のもとでシェフを務める。2012年には、フランスで最高の権威を誇る料理コンクール『プロスペール・モンタニェ料理コンクール』で日本人として初の優勝を果たすなど世界のステージで活躍。帰国後2017年に再入社し、2019年4月、38歳の若さで約350人の料理人のトップに立つ東京料理長に就任。
●帝国ホテル
東京都千代田区内幸町1-1-1
TEL 03-3504-1111(代表)
https://www.imperialhotel.co.jp
Text/永田さち子
ライター・編集者。医学雑誌、スキー雑誌の編集を経てフリーランスに。旅行書、雑誌を中心に旅、グルメ、料理、健康コラムなどを執筆。ハワイに関する著書に、『ハワイのいいものほしいもの』『おひとりハワイの遊び方』『ハワイを歩いて楽しむ本』(実業之日本社)、『50歳からのHawaiiひとり時間』(産業編集センター)ほかがある。旅行情報サイト『Risvel(リスヴェル)』にコラムを連載中。http://www.risvel.com/column_list.php?cnid=6
“ラグジュアリーホテルが目指すサステナブルな料理とは? フードロスに取り組む料理長に聞く” への1件のフィードバック