2年前、パンデミックが起こった時、美術館・博物館は突然閉まりました。楽しみにしていた展覧会は急遽中止、多くのアートファンは「一人で行って黙って鑑賞するから、開催してほしい!」と切に願い、私自身もアートと向き合う時間がいかに大切なものだったかと再認識しました。また、アーティストたちは表現の場を奪われたように感じたことでしょう。パンデミックは健康危機だけでなく、人とのつながりや仕事・生活スタイルなどさまざまなことに変化をもたらしました。
6月29日に六本木・森美術館で開幕した【地球がまわる音を聴く】は、私たちが「よく生きること」とはなにかということを、コンテンポラリーアートを通じて考察する展覧会です。アーティスト16名の約140点の作品を紹介しています。会期は11月6日 (日)まで。
展覧会のタイトルは、下記のオノ・ヨーコのインストラクション・アートからの引用されたものです。
EARTH PIECE
Listen to the sound of the earth turning
1963 spring
インストラクション・アートとは、作家からのインストラクション(指示)そのもの、あるいはその記述自体を作品としたものです。オノ・ヨーコがどんなシチュエーションで発した言葉なのでしょうか。シンプルな言葉が心に沁み入り、何かが心の底にスッと落ちたような気がします。
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ヴォルフガング・ライプの《ヘーゼルナッツの花粉》は、大きな平面の台座一面に黄色い物質が撒かれています。これはドイツのとある村に咲く花の花粉を集めたもの。集めるにはワンシーズンでは当然足りなく多くの時間が費やされました。小さな花粉一粒一粒が遺伝子情報を含有していることを考えると不思議な感覚に陥ります。
ギド・ファン・デア・ウェルヴェが行った、自宅の前を何千周も走って100キロ走破する様子を撮ったビデオパフォーマンス。ベッドに倒れ込むという単純な動作を繰り返し、エベレストの高さ8848mになるまで続けるというビデオパフォーマンス。これは小さな行為の積み重ねが大きなものになるということを示唆しています。他方、パンデミック前の2007年に発表した《第9番 世界と一緒に回らなかった日》は、家から遠く離れた北極点に立ち、地球の自転と反対方向に向かって体の向きを変えていくパフィーマンスは、北極点に立つというほとんどの人には難しい行為を元にする表現でもあります。「北極点」と「自宅」、パンデミック前であれば自由に行けた海外と「Stay Home」しなければならなかったパンデミック中とを対比しているように感じる作品です。
化学の研究者であり、写真家であり、民俗学者である内藤正敏の写真には興味を惹かれました。「コアセルベーション」シリーズは、粘り気のある液体が弾んだような瞬間を撮ったものです。「コアセルベーション」とは、写真が生命の発生や進化に関係しているといわれている化学的な現象だそう。まるで何億年も前の地球にタイムスリップして、生命の誕生の瞬間を覗いているような気持ちになります。その隣にあるのは、東北の即身仏を撮ったシリーズ。そして即身仏を崇め、護る、地元の人々の表情や生活の様子も捉えられています。「科学」と「宗教」という、一見対立するように思えるテーマですが、どちらも「命」を見つめています。
漆黒の宇宙に散らばる銀河系が巨大なカーテン一面に描かれているような金沢寿美の作品《新聞紙のドローイング》。近寄ってよく見ると、光る星に見えるのは「コロナ第6波備え」「人流抑制」「露軍キエフ侵攻」などの活字。新聞の記事で気になった単語やフレーズのみを残し、それ以外の部分を10Bの鉛筆で塗り潰した作品なのです。これは、金沢が出産後あまり外出できない時期、他者とのつながりが希薄になり孤立した感覚に陥った時に始めた作品。パンデミックでなくても、出産・病気その他様々な理由で社会や人との距離が広がってしまうことは人生にはありうること。消されたところにはどんな言葉があったのだろう、私ならどんな言葉を残しどんな言葉を塗りつぶしていくのだろう。そんなことを考えながら鑑賞した作品です。
会場内には、こんな香りのする作品も。
『五感を研ぎ澄まし、想像力を働かせて、リアルな空間でアートと出会おう』というキャッチフレーズがこの展覧会についていますが、視覚・聴覚だけでなく、嗅覚にも訴えるアートもあります。来場して、ご自身で感じてみてください!
【 地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング】開催概要
会期:2022年6月29日(水)-11月6日(日)
会 場 : 森 美 術 館
東 京 都 港 区 六 本 木 6 – 1 0 – 1 六 本 木 ヒ ル ズ 森 タ ワ ー 5 3 階
開館時間:10:00-22:00(火曜日のみ17:00まで)
* 入館は閉館時間の30分前まで *会期中無休
展覧会HP
www.mori.art.museum/jp/exhibitions/earth/index.html
Text /トラベルアクティビスト真里
世界中、好奇心を刺激する国々を駆け巡るトラベルアクティビスト。外資系金融機関に勤務の後、1年の3分の1は旅をする生活へ。ジョージア、バルト3国はじめ訪れた国は50カ国以上。日本中も巡り、行った先で出会った人、風景、食etc. 旅の醍醐味をレポートします。