日本でも不動の人気を誇るオランダの画家ヨハネス・フェルメール。1作品、2作品の来日でも大きな話題になりますし、2018年に9点が来日した《フェルメール展》(東京都・上野の森美術館)では、会期を通じて68万人以上が来場するという人気ぶり。フェルメールが日本のみならず世界中で人気である理由はいくつもあると思いますが、現存作品数が37点という希少性もあるかもしれません。“頑張れば全部コンプリートできるかも”という気持ちにさせられます。
2023年2月に開幕したオランダ・アムステルダム国立美術館での「フェルメール展」は、37作品中、なんと28点が集結するという前代未聞のレベル。美術館のコメントとして“Once-in-a-lifetime chance”と言っているぐらいですから、本当に「一生に一度のチャンス」の展覧会が開催中です。昨秋、展覧会の概要が発表されると世界中のアートファンの間で話題に。日時指定のチケットが発売されるとわずか数日間で会期中の全てのチケットが完売。美術館側も夜間の開館時間を延長するなど対応していますが、現在、チケットは入手不可となっています。さすが、フェルメールの人気を証明するエピソードですね。
昨年から「フェルメール展」に絶対に行こうと思っていた私は、無事チケットを入手。3年ぶりのヨーロッパに行ってきました!
アムステルダム国立美術館の「フェルメール展」専用入館口には行列が。みんな、日時指定券を持ってはいますが、確認等で列ができてしまっています。チケットの確認と引き換えに手首に紙テープを巻いてもらい、いよいよ会場へ。私は28作品の内訳がわかっておらず、どの作品がどんな順番で展示されているのかなとワクワクしながら入場列に加わりました。この展覧会のために地球を半周回ってやってきたのです!
展示室にはそれぞれテーマがあり、それに沿った作品が展示されていました。最初のGalley1の展覧会に寄せて開会のメッセージ、そしてGallery 2からいよいよ作品の展示が始まります。最初のテーマは「街を散策」。2点のみ現存する風景が展示されています。
Galley 2〜街を散策
『デルフトの眺望』(マウリッツハイス美術館)
『小路』(アムステルダム国立美術館)
『デルフトの眺望』は海外の美術館に貸し出されたのは20世紀中のわずか数回。21世紀になってからは全くありません。所蔵するマウリッツハイス美術館が2012年改修で一時閉館した時も、『真珠の耳飾りの少女』は貸し出されましたが、『デルフトの眺望』は貸し出されませんでした。同じオランダ国内といえども、マウリッツハイス美術館からこの作品が出たのは数十年ぶりのこと。青い空に漂う雲、教会の尖塔に反射する光、運河の水面に反射する建物の影、手前には当時の黒っぽい服装を来た女性もいます。フェルメールが見たであろうデルフトの街の様子。デルフトに行ったことがない人も、なぜか知っている場所のように感じる、街の風景のなかにすっとに入り込んでしまうような懐かしさを感じるのは不思議です。
今回、28点もの作品が集まったのには、大きなきっかけがありました。ニューヨーク・マンハッタンにある「フリック・コレクション」が建物の修繕に入りしばらく休館することになり、所有するフェルメール作品3点を貸し出すことが可能になったのです。 20世紀初頭、アメリカの鉄鋼業界に多大な貢献をした実業家ヘンリー・クレイ・フリックが集めた美術品を収蔵するフリック・コレクションは、「フェルメール作品は建物の外に持ち出さないこと」というフリックの遺言があり、今まで貸し出すことが不可能だったのです。「あの門外不出のフリック・コレクションのフェルメール作品がオランダに里帰りするのなら」と、世界中のフェルメールを保有する美術館の貸与が次々と決まり、奇跡的な展覧会が開催される運びになったのです。
フリック・コレクションから出品された3作ののうち、私が一番好きな作品をご紹介しましょう。《Galley 8〜外の世界からの手紙》に展示されている『婦人と召使い』です。
フェルメールの作品には手紙が多く登場します。一心不乱に手紙を読んでいるものもあれば、手紙を書いているものもあります。この『婦人と召使い』は、屋敷に届いた手紙を召使いが女性のところに持って行き、「あの方からお手紙が届きました」と言っているかのように手渡している瞬間が描かれています。女性は、直前まで手紙を書いていたようですがペンを置き、驚いたように左手を口元に持って行っています。予期しない相手からの手紙なのでしょうか。ついさっきまで書いていた手紙の相手ではないような気がします。もしかすると、もう終わってしまったと思っていた恋の相手からかもしれません。女性は裕福な階級の人のようで、髪や耳・首元はパールで飾られています。パールは、近くで見ると光っている様子は白い点々で描かれていますが、離れてみるともっと自然な輝きに見えます。ファーが付いた黄色い上着も富裕層であるということを表しています。フェルメールの作品は、とある一瞬の切り取り描かれているのですが、“その前”や“その後”のことを観ている側に想像させてしまう点も魅力の一つですね。
私はニューヨークに行った時にフリック・コレクションは何度も行っている美術館ですし、それ以外のほとんどのフェルメール作品を日本や海外で見てきましたが、展覧会は「一期一会」。どんな作品がその“場”に集まるか、主催者がどのような意図を持ってどんな順で作品を見せていくのか、それによって同じ作品を見たとしても、感想は変わります。今回は展示室ごとの壁の色が異なっていて、作品に没入できる空間を演出していることも話題の一つになっています。くすんだ青みのある緑色や、くすんだ紫、青みのある鉛色であったり、とても落ち着いた色が使われていました。展覧会場の壁の色としては珍しい色かもしれません。
手紙を題材にした作品から、2作品をピックアップ。左の『手紙を書く婦人と召使』は、真剣に手紙を書いている女主人公とは対照的に、外を眺めている召使の表情が意味深。 『手紙を読む青衣の女』の方は、海の向こうから届いた恋人からの手紙を読んでいるのでしょうか…真剣。
これほどたくさんのフェルメール作品に囲まれるという、一生に一度のチャンスに、なんとも言えない幸福感に満たされました。そしてフェルメールの作品は小さなサイズのものが多いにも関わらず、あっという的な存在感を感じます。そして、描かれている人々と実際に相対しているかのような気持ちになります。17世紀のオランダにタイムスリップして、暮らしていた人々の生活を垣間見てきたような感覚です。このタイミングで素晴らしい展覧会を開催してくれたことに感謝したいです。
チケットは会期末まで完売とのことですが、世界中から観覧希望が殺到していることを受けて、美術館側もなんとか観覧枠を広げようとしているようです。もし、ヨーロッパに行く機会がある方がいらしたら、定期的にアムステルダム国立美術館のHPをチェックして、観覧のチャンスを狙ってください。
最後に、全作品リストを展示順に掲載します。 *()内は所有美術館、もしくは貸与先美術館
Gallery 2〜街を散策
『デルフトの眺望』(マウリッツハイス美術館)
『小路』(アムステルダム国立美術館)
Gallery 3〜若き日の情熱
『聖プラクセディス』(個人蔵。国立西洋美術館にて展示)
『マルタとマリアの家のキリスト』(スコットランド・ナショナル・ギャラリー)
『ディアナとニンフ』(マウリッツハイス美術館)
『取り持ち女』(ドレスデン国立古典絵画館)
Galley 4 〜最初の室内風景
『窓辺で手紙を読む女』(ドレスデン国立古典絵画館)
Galley 5〜最初の室内風景
『牛乳を注ぐ女』(アムステルダム国立美術館)
Galley 6〜外を見つめる
『士官と笑う女』(フリック・コレクション)
『リュートを調弦する女』(メトロポリタン美術館)
『手紙を書く婦人と召使』(アイルランド・ナショナル・ギャラリー)
Galley 7〜クローズアップ
『フルートを持つ娘』(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
『赤い帽子の娘』(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
『真珠の耳飾りの少女』(マウリッツハイス美術館)
『レースを編む女』(ルーヴル美術館)
『ヴァージナルの前に座る若い女』(ニューヨーク ライデン・コレクション)
Galley 8 〜音楽的な魅力へ
『ヴァージナルの前に座る女』(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)
『ヴァージナルに前に立つ女』(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)
Galley 8 〜内側を見つめる
『恋文』(アムステルダム国立美術館)
『手紙を書く女』(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
Galley 8〜外の世界からの手紙
『手紙を読む青衣の女』(アムステルダム国立美術館)
『婦人と召使い』(フリック・コレクション)
Galley 9〜紳士の訪問
『紳士とワインを飲む女(ワイングラス)』(ベルリン国立美術館)
『中断された音楽の稽古』(フリック・コレクション)
Galley 9〜世界を見る目
『地理学者』(シュテーデル美術館)
Galley 9〜虚栄と信念を振り返る
『真珠の首飾りの女』(ベルリン国立美術館)
『天秤を持つ女』(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
『信仰の寓意』(メトロポリタン美術館)
アムステルダム国立美術館 フェルメール展 サイト
https://www.rijksmuseum.nl/en/whats-on/exhibitions/vermeer
2023年2月10日〜6月4日まで。
Text /トラベルアクティビスト真里
世界中、好奇心を刺激する国々を駆け巡るトラベルアクティビスト。外資系金融機関に勤務の後、1年の3分の1は旅をする生活へ。ジョージア、バルト3国はじめ訪れた国は50カ国以上。日本中も巡り、行った先で出会った人、風景、食etc. 旅の醍醐味をレポートします。