京都の7月は祇園祭の月。御神輿が鎮座する八坂神社で京菓子の展覧会が開かれ、その美しさにしばし暑さを忘れました。
京菓子の優れた伝統を守るために結成された菓匠会。その始まりは江戸時代、幕府の要請による禁裏御用達業者の集まり「上菓子屋仲間」といわれています。
八坂神社で毎年この時期開かれる祇園祭 献茶祭の協賛席にお邪魔して参りました。今年のテーマは「明ける」。さて、各お店はどんなイメージを膨らませたのでしょう。
京菓子屋さんの有志の集まり「山水會」の皆さんの作品を中心にご紹介します。

御菓名にいつも美しい和語を巧みに使われる塩芳軒(しおよしけん)さん。今回は「汀の朝」。
汀(みぎわ)とは、水際、水のほとりのこと。
蓮の花は夜が明けるころから咲き始め、午前中に満開を迎えます。
花が咲く瞬間「ポンっ」という音がなるそうですが、皆さんは聴いたことがありますか?
涼やかなガラスのお皿は「ルネ・ラリックのお皿です」とご主人の高家啓太さんが教えてくださいました。器との取り合わせも楽しみな菓匠会の展示はまるで美術館にいるようです。

白いモミジの葉が印象的な西陣の千本玉壽軒(せんぼんたまじゅけん)さんは「朝涼」。夏の朝のまだ涼しいころを表す夏の季語です。
ご主人の元島真弥さんによると、夜が明ける様子をカエデの葉の色を暗い闇の色にするのではなく、敢えて白で表現し、その白が段々明ける朝の光で染まり、変化していくのを想像しながら楽しんでみてくださいとのことでした。私は京都市北部、高雄の涼しい夜明けのせせらぎを想像しました。
ちなみにご子息の元島淳一郎さんはこの春、全国和菓子協会の「優秀和菓子職」に京都在住者として初めて認定されました。お店の並びにある「茶寮SENTAMA」でその技を目の前で見ることもできますよ。

祇園の鍵善良房さんは「鳥の鳴く」。ご主人の今西善也さんは「テーマが“明ける”と聞いてすぐ函谷関(かんこくかん)でと思いました」と教えてくださいました。
それは古代中国 孟嘗君(もうしょうくん)の故事で、夜が明けないと函谷関という関所が開かないため、朝の到来を告げる鶏の鳴き真似をしてだまし、無事関所を通過、追っ手から逃れたという逸話。
漢籍の素養のある平安時代の歌人 清少納言は、その逸話をもとに和歌を詠みました。

寺町御池の亀屋良永さんは「めざまし」。
水面に広がる波紋が朝の小さな音、小さな動きをも想像させてくれます。
一輪の朝顔に「もしや利休の・・・?」とご主人の下邑修さんにうかがうと「それもありですね。」と嬉しいお答えでした。
千利休の屋敷に朝顔が見事に咲き乱れていると聞き、朝顔の茶会を所望した豊臣秀吉。が、着いてみると朝顔はどこにもない。がっかりして茶室に入ると床の間に一輪の朝顔が。利休は敢えて庭中の朝顔をなくし、ただ一輪にするという大胆な趣向を凝らし秀吉は大いに感心したという逸話です。
こうしてひとつの表現から一瞬にして戦国時代や先程は平安時代、そして古代中国へも誘ってくれる京菓子の世界。本当に奥深くて面白いですね!!



多くのお店が「夜が明ける」と連想された中、二條若狭屋さんの作品は「出梅(しゅつばい)」。梅雨入りの反対の言葉で「梅雨明け」を意味する季語です。
今年近畿地方は6月のうちに梅雨が明けるという異例の年でした。
モンステラの葉の上に梅雨の雨と出梅後、本格的に咲き始めた朝顔が。何層にも重ねた奥行きはついのぞき込みたくなる美しさでした。ご主人の藤田茂明さんにうかがうと、表面になるところを一番底にして何層にも重ねるそうで、なんとも緻密な作業に驚きました。

四条堀川 醒ヶ井の亀屋良長さんは「確かな光」。江戸時代の創業当初からの銘菓「烏羽玉(うばだま)」は、その漆黒の艶やかな意匠が祇園祭の花「ヒオウギ」の実「ぬばだま」に似ていることに由来します。
ご主人の吉村良和さんは、暗闇が何度訪れようとも結んだ実が花開くヒオウギに寄せた作品を作られました。
コロナ禍をくぐり抜けてきたからこそ、こんな「明ける」は心に沁みますね。

本当にいつも一つのテーマからこんなに京菓子の世界が膨らむものかと感動する菓匠会の展示。今年も堪能させていただきました。
ご紹介した各お店では、見目涼やかで夏らしい和菓子が並んでいます。
この時期ならではの和菓子を楽しんで酷暑を乗り越えましょう!!
Text /倉松知さと

関西在住。キャスター、歴史番組制作、京都情報ポッドキャスト制作などを担当後、京都・歴史ライターへ転向。
歴史ガイドブック『本当は怖い京都の話』(彩図社)ほか、京都新聞などでも執筆中。
主に京都、歴史ジャンルでのラジオ、テレビ出演、講演なども。日本旅行作家協会会員。国際京都学協会会員。最新活動は京菓子・山水會25周年記念展覧会トークイベント司会。