石川県・小松空港から内陸に向かって約30分。観音下(かながそ)と呼ばれる里山に入っていきます。過疎化で廃校になった小学校をコンバージョンした素敵なオーベルジュが、2022年夏にオープンしました。オーベルジュの名前は「Auberge “eaufeu” (オーベルジュ オーフ)」。eau=水、feu =火、料理に欠かせない2つのエレメントを繋ぎ合わせた名前です。1階にレストランとカフェ、2階・3階が客室になっています。
外観は、鉄筋コンクリート3階建て。確かにぱっと見は、小学校そのもの。そして校庭には、うんていや鉄棒が。建物内の階段、廊下にある手洗い場、屋上、館内のそこここで「わたしが行っていた小学校もこんな感じだったな」と懐かしさを感じます。これは日本人にある程度共通した原体験なのかしら。そんな空間に、パリを拠点に活躍するアーティスト小川貴一郎氏のアート作品が溢れています。ダイニング・廊下・客室にさまざまな色のキャンパスに勢いよく円を描く「GURU-GURU」は、見ていて楽しく、躍動感に溢れ、引き込まれます。
今回は、一番広い77平米のスイートルームに滞在しました。3階の1号室だったので、「3-1」とドアの上にかかっています。「3年1組だ」とワクワクしてお部屋に入りました。床は、なんとなく学校の教室の床のような木の素材で、裸足で歩くと気持ちがいい。そして、びっくり、ソファの周りには絵の具をひっくり返したようなペインティングが!さらに壁には墨汁ぶちまけたようなデコレーションが!「せんせ〜い、◯◯くんが墨汁こぼしました〜」なんて、小学生の頃に言ったような記憶が蘇りました。元図書室だったというこのお部屋は、2台のセミダブルベッド、ゆったりと大きなソファセット、ガラス張りのバスルームと「非日常感」たっぷりのセンスの良いお部屋です。棚にはレコードプレーヤーがあり、オーナーの私物という1970~80年代のレコードが置いてありました。私の部屋にあったのは…Michael Jackson “Off the wall”。「ああ、懐かしい!」。レコードに針を落とすという動作も、何十年ぶりでしょうか。
レストランを率いるのは糸井章太シェフ。まだ30歳になられたばかり。神戸市芦屋の「メゾン・ド・タカ芦屋」で研鑽され、アルザスやブルゴーニュ、サンフランシスコでのご経験も積まれています。若手シェフの登竜門である日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」で2018年に歴代最年少(26歳)でグランプリを取られるという輝かしい経歴をお持ちです。今まで石川県には特にご縁があった訳ではなかったそうですが、美味しい白山の伏流水が出て自然の恵み豊かなこの観音下の地を見て、この場所でオーベルジュのシェフとしてやっていく決意をされたそう。
私がオーフにお伺いしたのは、開業からまもない8月。鮎や桃など季節の食材を中心に、赤イカ・甘鯛など海の幸、放牧豚・スッポンなどの山の幸と、豊かな食材に溢れるこの地域ならではのお料理が並びます。石川県特産の加賀蓮根や、小松市特産の小松うどんなど地元の特産品も美味しかった!発酵食品を多用され、酸味や旨味のバランスが素晴らしいです。朝倉達也ソムリエ監修のワインペアリングは、お料理に寄り添う自然派ワインが中心。美味しいお食事、そしてエレベーターを上がればすぐ眠れると思うと、ワインも進みますね! ちなみにレストランは職員室があった場所だそうですよ。
朝食は、一転して、和食。まず、すぐ目の前にある日本酒の醸造所・農口尚彦研究所の麹を使った甘酒をひと口。これだけで、体の中が活性化され、いい一日になりそうな予感です。白米とお味噌汁とお魚、そして糸井シェフがご自身で漬けられたお漬物。オーベルジュ開業に際して、「ディナーはイノベイティブ料理、朝食は和食で」との糸井シェフのお考えから、老舗の和食店にも修行に行かれたそう。そこで分けていただいた糠床に野菜を入れ、毎日手入れして、朝食に供されているそうです。幸せな朝食です。
「やりたいことがたくさんあります」とおっしゃる糸井シェフ。平均年齢25歳の若いチームをリードして、いろいろなことにチャレンジしていくのが楽しくてしょうがないというお気持ちが私たちにもストレートに伝わる糸井シェフは、もっともっと成長していかれて、素晴らしいお料理を作り続けられるのでしょう。
朝食に出された甘酒を作っている「農口尚彦研究所」は、オーフから徒歩5分程度のところにあります。日本酒ファンなら訪問必須の酒蔵。齢九十に近づく伝説的な杜氏であり、「現代の名工」にも認定されている農口尚彦氏が、引退・復帰を繰り返して、最後に立ち上げた酒蔵がこちらです。現代的なスタイリッシュな酒蔵が建っていますが、こちらの土地も元は中学校だったとのこと。予約制で、酒蔵の見学及びテイスティングルーム「杜庵」で日本酒5種のテイスティングコースが体験できます。観音下の里山を眺めながら、美しい酒器で、季節に合った日本酒を試飲するなんて、贅沢なひとときです。オーフから徒歩ですから、チェックイン前後の時間帯の予約なら移動のための運転など気にせずに試飲ができるのがいいですね。
小松市観音下町。全く訪れたことがないエリアでしたが、オーベルジュ オーフのおかげで、四季折々訪ねたい場所ができました。次回はいつ訪問しようかとスケジュール帳と睨めっこです!
Auberge “eaufeu”(オーベルジュ オーフ)
農口尚彦研究所
Text /トラベルアクティビスト真里
世界中、好奇心を刺激する国々を駆け巡るトラベルアクティビスト。外資系金融機関に勤務の後、1年の3分の1は旅をする生活へ。ジョージア、バルト3国はじめ訪れた国は50カ国以上。日本中も巡り、行った先で出会った人、風景、食etc. 旅の醍醐味をレポートします。