京都の別荘地群にたたずむ美術館・泉屋博古館が半世紀ぶりにリニューアル!古代青銅器、モダニズム建築など私設ならではの唯一無二の審美眼を満喫!

南禅寺から銀閣寺にかけての東山の麓は、歴史や自然豊かな場所として知られ、琵琶湖疏水が流れる哲学の道の周りには多くの別荘が立ち並んでいます。その一角に四大財閥のひとつ、住友家が集めた美術品を展示する「泉屋博古館(せんおくはくこかん)」があります。
「泉屋(いずみや)」とは住友の屋号。東京都・六本木には、その分館である「泉屋博古館東京」があります。
この度、1年の改修工事を終えリニューアルオープンし、先日、その内覧会に参加して来ました。

1970年の大阪万博の年に、世界から集まるお客様のための迎賓館として建設された泉屋博古館。その1号館は中国古代青銅器の専用展示施設として考え抜かれた建築で、設計は日建設計の小角亨(こすみとおる)氏。小角氏はこの他に、大阪市役所、日銀大阪支店、滋賀県立美術館なども手掛けています。
外観の装飾を極力抑制しコンクリートやガラスを多用したモダンなデザイン。青銅器の展示室は上から見ると風車の羽のように4つに分かれ、大きな円筒形のホールを中心にらせん状に上がりながら鑑賞出来るユニークな仕掛けで、戦後京都のモダニズム建築として近年注目されています。

天井から指す光と神秘的な空間に一瞬で日常を忘れ、これから鑑賞する古代中国へと誘われていきます。
実は、この空間は半世紀の間にバリアフリーの観点からホールにエレベーターを設置するなど元々のデザインが損なわれた点もありましたが、今回の改修で本来の美しいデザインを取り戻しました。

さぁ、ここから住友家が集めた世界最高峰の中国古代青銅器コレクションです。
約半世紀ぶりの青銅器館のリニューアルでは昭和のモダン建築の魅力はそのままに、展示ケースや内装を新調。ライトの色合い、ケースの高さ、透明度、展示物の敷物ひとつをとっても見る人が見やすいように、展示物がより美しく映えるように何度も何度も調整を重ねたそうです。
そのためか、ガラスケースに気付かないほど青銅器が目の前に迫ってくるように感じられ、細かな文様も綺麗に浮かび上がり、あらゆる方向からしっかりと鑑賞することが出来ました。
世界に2点のみしか知られていない「虁神鼓(きじんこ)」(殷後期・前12~11世紀)をはじめ、大きく口を開けた虎が人を丸呑みにするような、いや、逆に人が虎に抱きついているようにもみえるなんとも面白い酒器のひとつ「虎卣(こゆう)」(殷後期・前11世紀)、また、今回、通信販売のフェリシモと新たなグッズ展開をすることとなった、かつて酒器として使われていたミミズクを模した青銅器「鴟鴞尊(しきょうそん)」(殷後期・前13~12世紀)や、背中合わせのミミズクがふくよかなフォルムで愛らしい青銅容器「戈卣(かゆう)」(殷後期・前12世紀)など、これらが約三千年前のものとは思えない生き生きとしたデザインに時を忘れて鑑賞してしまいました。
実は青銅器には文様だけでなく文字も刻まれているそうで、当時の古文書的役割も果たす古代青銅器にますます興味が湧きました。

シンプルな中庭を挟んだ向かい側には1986年に竣工した2号館。この度の改修で収蔵庫を展示室に作り替え、企画展示がこれまでの約1.2倍の広さで行えるようになったそうです。こちらも展示ケースを新調、巻子も横から芯の装飾まで見えるようになりました。
企画展では「帰ってきた泉屋博古館 いにしえの至宝たち」と題して絵画、書跡、茶道具や文房具、仏教美術まで当館所蔵の代表作が5つのテーマに沿って一堂に並んでいます。

今回、中でも印象に残ったのが「小さきものたち」というテーマで集められたコーナー。清朝時代に流行ったという「かぎ煙草」の容器、「鼻煙壺(びえんこ)」。手のひらサイズの小さなコレクションは展示映えの点であまり表に出にくいものですが、そこは私設美術館だからこそ、集めた先人に思いを馳せた学芸員さんたちが「これこそ展覧会でお見せしたい!」とセレクトされたお陰で私たちも見ることができるのです。
官だからこその大規模展覧会の良さもありますが、「本当にこれが好きで集めました!」という誰にも邪魔されない好き、推しを存分に楽しんだ展示が出来るのは、やはり民間、私設美術館だからこその強みではないでしょうか。

建物自体の魅力もとても感じられ、建築やお庭が好きな方にもぜひ来てほしいと思いました。
1号館、2号館はもちろん、庭師11代小川治兵兵衞による中庭から見える東山の借景、手前の潔いスッキリした芝生の広がり、青いカーペットと大きな窓が印象的な清々しい休憩室、また1号館を支える柱と思いきや、実際はデザインのための柱でその表面の木目も実はデザインという面白さ。
また今回、学芸員さんたちが名付けた「泉屋八景」という館内の美しいビューポイント8カ所を巡るのもまた楽し!
どこまでもどこまでも遊び心が見え隠れし、住友家の別邸へお招きしたお客様を心底楽しませるというさり気ない心遣いを感じずにはいられませんでした。
こういう美術館ならば、美術が好きな人、建築、デザインが好きな人、庭園が好きな人など興味がバラバラでも一緒に来て楽しめそうです。

今回のリニューアルでは、ミュージアムショップが新設され、鑑賞の想い出を持ち帰ることもより可能になりました。フェリシモのミュージアム部とのコラボ商品も楽しみです。
また、大きな荷物を預けるロッカーや車椅子、ベビーカーも通れる配慮や授乳室までも作られ、時代に合った優しい美術館だなと感じました。
以前、京都西陣の老舗京菓子店の「塩芳軒」さんが「虎卣(こゆう)」のデザインを取り入れたお干菓子を販売されましたが、今度は「げん兕觥(げんじこう)」(西周・紀元前11世紀)という儀式で使うお酒や水を注ぐための、カレーのルーの容器のような形の青銅器の可愛らしいモチーフをヒントに新たなお菓子を今、取り組み中だそうです!前回も繊細で細やかな文様が美しいお干菓子でしたが、今回もとっても楽しみですね。
本当に私邸にお招きいただいたかのような贅沢な時間を楽しめて、しかもここでしか見ることの出来ない中国古代青銅器の錚々たるコレクションや、住友家の代々のご当主たちがプライベートで愉しんで集められた銘品の数々。そして京都に生き続ける昭和モダニズム建築。
そんな唯一無二の美術館である「泉屋博古館」は、何度でも通いたくなること間違いなしです。
前庭の「泉屋博古の庭」は緑がいっぱいでこれからの季節もどんな表情を見せてくれるか楽しみです。
泉屋博古館(せんおくはくこかん) https://sen-oku.or.jp/kyoto/
【中国青銅器の時代】
会場:ブロンズギャラリー(1号館)
会期:2025年4月26日〜8月17日
住所:京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24
電話番号:075-771-6411
開館時間:10:00〜17:00
休館日:月(ただし5月5日、7月21日、8月11日は開館)、5月7日、7月22日、8月12日
料金:一般 1000円、学生 600円 ※6月10日~6月20日、8月5日~8月17日は本展のみ開催、一般600円、学生400円
リニューアル記念名品展【帰ってきた泉屋博古館 いにしえの至宝たち】
会場:企画展示室(2号館)
会期:2025年4月26日〜6月8日 (※ 6月21日からリニューアル記念名品展Ⅱが始まる予定)
※開館時間、休館日、料金などは上記「中国青銅器の時代」に準じます
Text /倉松知さと

関西在住。キャスター、歴史番組制作、京都情報ポッドキャスト制作などを担当後、京都・歴史ライターへ転向。
歴史ガイドブック『本当は怖い京都の話』(彩図社)ほか、京都新聞などでも執筆中。
主に京都、歴史ジャンルでのラジオ、テレビ出演、講演なども。日本旅行作家協会会員。国際京都学協会会員。最新活動は京菓子・山水會25周年記念展覧会トークイベント司会。