正倉院に伝わる宝物を最新技術でアプローチ。織田信長が熱望した伝説の香木はどんな香り?
大阪市中央区の大阪歴史博物館で正倉院宝物を新しい切り口で紹介する特別展「正倉院 THE SHOW ―感じる。いま、ここにある奇跡―」が開かれています。先日、プレス向けの内覧会に参加しました。
この展覧会は、奈良市にある正倉院の宝物をデジタル映像や現代のアーティストによる作品から紹介するもので、織田信長も所望したという天下の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」の香りを再現し、体験できるとあって話題となっています。

東大寺の大仏を造立した聖武天皇が没し、その死を悲しんだ妻の光明皇后が夫の遺愛の品を東大寺の大仏にお供えしたことに始まる正倉院宝物。
シルクロードの国々にルーツを持つ貴重な宝物があることで知られています。

正倉院の宝庫は天皇陛下の許可がない限り開けることができません。
この「勅封制度」という宝物を勝手に取り出すことができない仕組みのお陰で我々は奇跡的に残され守られた宝物を目にすることができるのです。
この展覧会は、世界的にも希少な品々が約9000件も良好な状態で、地中ではなく地上(倉の中)で守り伝えられた、そんな奇跡の宝物たちを毎年秋恒例の奈良国立博物館で開催される「正倉院展」とはまた違った形でアプローチするものです。

具体的には最新デジタル技術を駆使して360度宝物をスキャンし、高精細な3Dデジタルデータに演出を加えた映像を高さ約4メートル、幅約20メートルの巨大スクリーンいっぱいに映し出し、正倉院宝物の細部まで楽しめる映像の中、没入感に浸ることができます。

また、宮内庁が1972年から開始した再現模造事業による正倉院宝物のレプリカを展示。最新デジタル映像や音楽、照明と組み合わせての新たな鑑賞体験が楽しめます。
この再現模造は単にそっくりなものを作るのではなく、各種の分析装置や光学機器を駆使して当時の素材や技法を探り、試作を繰り返しながら宝物本来の姿を再現することを努めています。
この作業により当時の職人たちの高度な技術を追体験ができたり、希少な材料の保存に向けた取り組みができるなど大変有意義な事業なのです。

プレス発表会ではデザイナーでアーティストの篠原ともえさんが登場。
正倉院宝物の中でも特にユニークな姿形と繊細な文様で圧倒的な存在感を放つ水瓶(すいびょう)「漆胡瓶(しっこへい)」をモチーフに、ドレスを創作。宝物の美をファッションに昇華させました。

鳥の頭をかたどった蓋をもつペルシア風の水瓶「漆胡瓶」は、東アジア特有の漆芸が用いられ、その上に銀の薄板で草花や鳥獣の文様が散りばめられた華やかな宝物。
篠原さんは、まず宝物の3Dデータをもとにフォルムを人尺(人間の大きさ)へ割り出し、蝶や草花、鹿など400種類以上もの文様パーツを手作業でトレースし、真鍮で作成したものをエイジングさせるため金属を薬剤で化学反応させたり熱を加えるなどして時の経過を表現したそうです。
作業の中、篠原さんはこの小さな昆虫や鳥、鹿などの動物がなんと、みんな雄と雌の「つがい」であったことに気付いた時、聖武天皇ご夫妻の愛の絆を感じて心が震えたと熱く語ってくれました。
ぜひ、会場で作品近くまで寄ってその美しい文様も楽しんでください。

さぁ、そして、話題沸騰のコーナーへ。織田信長や足利義政など天下人がその香木を切り取った跡が残る謎に包まれた香木「蘭奢待(らんじゃたい)」。この蘭奢待の漢字の中に「東・大・寺」が隠れていること、お気づきですか?
宝物の正式名は「黄熟香」。長さ156センチ、重さ11.6キロ。東南アジアに分布するジンチョウゲ科の木の切り株に樹脂や精油が沈着し長年かけてできた香木で、いわゆる「沈香」ですが、蘭奢待はその中でも別格なのです。
この展覧会では、宮内庁がこれまで集めた脱落片(だつらくへん)を利用し、成分分析調査を経て、会場にて現代にその香りを蘇らせました。
会場では20個のガラス容器にて香りを体験できます。場所により香りに濃淡があるので色々手に取ってみてください。
約半年に及ぶ再現に取り組んだ高砂香料工業株式会社(東京都大田区)の広報室 鈴木隆さんも今まで体験したことのない香りだったと仰っていました。アンバーやレザー、甘さにスパイシーな香りも加わり、少しムスクのような香りもし・・・とても複雑な、しかし華やかさと上品な落ち着きのある、確かに天下の名香といわれるだけある印象的な香りで、決してフローラルやフルーティーなど単純な言葉では言い表せません。
個人的にはオマーンの香水にちょっと似たものがあったような、落ち着いた華やかさがしました。そういう意味では決して和風な香りではなくオリエンタルでエキゾチックな香りの印象です。
自分など一生涯、絶対に蘭奢待の香りなど聞くことはできないと思っていたのでこの体験は本当に感激しました!!(再現された皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。)

展覧会グッズもとても充実!あの蘭奢待のクッションや美しい螺鈿文様をモチーフにしたバッグ、そして書籍もありました。ぜひ会場でお求め下さい。
この展覧会は大阪では8月24日(日)まで、その後9月には東京へ巡回する予定ですので関東のみなさんもどうぞお楽しみに!
特別展「正倉院 THE SHOWー感じる。いま、ここにある奇跡ー」(大阪展)
会場:大阪歴史博物館
会期:2025年6月14日(土)~8月24日(日)
開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日 ただし8月12日(火)は開館
観覧料(当日):一般2000円、高・大生1500円、小中学生1000円
公式サイト https://shosoin-the-show.jp/osaka/
*正倉院 THE SHOWー感じる。いま、ここにある奇跡ー(東京展)は「上野の森美術館」にて、
会期:2025年9月20日(土)~11月9日(日)で予定されています。前売りは8月初旬に開始予定。
https://shosoin-the-show.jp/tokyo/
※展示内容、会期などは、今後の諸事情により変更する場合があります。詳細は公式ウェブサイトなどでご確認下さい。
Text /倉松知さと

関西在住。キャスター、歴史番組制作、京都情報ポッドキャスト制作などを担当後、京都・歴史ライターへ転向。
歴史ガイドブック『本当は怖い京都の話』(彩図社)ほか、京都新聞などでも執筆中。
主に京都、歴史ジャンルでのラジオ、テレビ出演、講演なども。日本旅行作家協会会員。国際京都学協会会員。最新活動は京菓子・山水會25周年記念展覧会トークイベント司会。