東京・港区のホテルオークラに隣接する大倉集古館で、300年以上前に日本で作られ海を渡り、オーストリアの古城で保存されていた古伊万里など磁器コレクションの展覧会が11月3日から開幕しています。数奇な運命を辿った古伊万里たちのストーリーの一部をご紹介します。
古伊万里とは、肥前の国、現在の佐賀県・長崎県の一部で江戸時代に生産されていた磁器です。初期のものは白地に青色のみの染付けですが、その後、赤や金色と多彩になり、絵柄も菊などの花や人物などが描かれるようになります。古伊万里は、江戸時代に東インド会社を通じて、ヨーロッパに大量に輸出され、ヨーロッパの王侯貴族は競って東洋の磁器を集めました。ヨーロッパのお城や博物館を訪ねると、美しい色彩の大型の古伊万里の壺や皿を目にすることがあります。
オーストリア・ウィーンから北へ60kmに位置するロースドルフ城。城主であるピアッティ家は、13世紀のイタリアの文献にもその名が見られる、長い歴史を持つ貴族です。19世紀初頭からピアッティ家は磁器の収集を行なっていたようで、コレクションはドイツ「マイセン」やオランダ「デルフト」などヨーロッパのものだけでなく、日本の「古伊万里」・中国の「景徳鎮」など、西洋磁器生産の源流となったアジアのものにも及んだそう。
代々、拡大したコレクションは調度品として城内を飾っていました。第二次世界大戦中、旧ソ連軍がオーストリアに侵攻、ロースドルフ城は占領されてしまうという悲劇が起こります。当時の城主は、古伊万里をはじめとする多くの貴重なコレクションを城の地下に隠しましたが、ソ連軍に発見され、無残にも破壊されてしまいました。粉々になってしまった陶片を城主は捨ててしまうことなく保存し、戦後、一室の床に並べて平和への祈りを込めたインスタレーションとして公開していました。
300年も前にヨーロッパに輸出された古伊万里が日本に里帰りするきっかけは、発起人であり裏千家茶道家である保科眞智子さんが、2015年に在京オーストリア大使公邸で行われた茶会で亭主を務められ、城主・ピアッティ家と出会い、古城に眠る陶片について知ったことによります。
展覧会は、「第I部 日本磁器の誕生、そして発展」「第II部 ウィーン、ロースドルフ城の陶磁器コレクション」の二部に分かれています。強く印象に残るのは、第II部の「破壊された磁器コレクション」や「陶片の間の再現コーナー」です。第二次世界大戦中の侵攻してきたソ連軍にとって、城を飾る東洋の磁器はなんの価値もなく、“征服”の象徴として破壊したのでしょう。先祖代々、大切にしてきたコレクションの無残な姿を目にした当時の城主の心情は察して余りあります。
そして何よりも驚くのは、修復された陶器たち。「このお皿は破片だったの?」と目を疑うほど、きれいに修復されています。展覧会を監修した学習院大学の荒川正明教授は、研究生らのチームを伴いロースドルフ城を訪れ、無数の破片の中から繋がるものを探し、分類し、美術史的・歴史的に貴重なものを選び、専門家に修復を依頼されたそう。修復作業は、欠損部分を補い、絵付けをし、光を当てて展示した際にオリジナルの部分と色味が違わないようにするための工程が繰り返されたそうです。気が遠くなるような作業です。
この展覧会に特別協力するのは、美術館への橋渡しに成功したROIP(Reviving Old Imari Project at Loosdorf Castle, Austria)の発起人・保科眞智子さんをはじめとするアラフィフ7人の女性からなるチーム。7人は「戦争遺産である『古伊万里』に出会い、平和について考えるきっかけになれば」と活動をスタート。驚いたことに、5年間にわたる準備期間の間、メンバーは皆、子育て・仕事で忙しく、また海外在住者もいて、7人全員が顔を合わせたことが一度もないそう。
全てボランティアワーク、完全オンラインでの打ち合わせ等で、初めての学術調査支援から展覧会の開催まで漕ぎ着けたそうです。それぞれのネットワークで専門家にアプローチし、それぞれの持てる能力を発揮したアラフィフ主婦たち。彼女たちの活躍にも注目です。
展覧会の会期に合わせて、ホテルオークラのオールデイダイニング「オーキッド」(プレステージタワー5階)。バーラウンジ「スターライト」(同41階)にて、オーストリア料理の提供というコラボも。オーストリア料理を楽しみながら、異国で波乱の運命を辿った日本の古美術品に思いを馳せたいです。そして、いつか、城主が所有するワイン用のブドウ畑に囲まれたロースドルフ城を尋ねてみたいと思います。
2021年1月24日まで。その後、愛知県・山口県を巡回予定。
大倉集古館
特別展『海を渡った古伊万里〜ウィーン、ロースドルフ城の悲劇』
https://www.shukokan.org/exhibition/
オーストリア・ロースドルフ城 古伊万里再生プロジェクト
*画像クレジット ©︎ROIP Japan
Text /トラベルアクティビスト真里
世界中、好奇心を刺激する国々を駆け巡るトラベルアクディビスト。外資系金融機関に勤務の後、1年の3分の1は旅をする生活へ。ジョージア、バルト3国はじめ訪れた国は50カ国以上。日本中も巡り、行った先で出会った人、風景、食etc. 旅の醍醐味をレポートします。
よい仕事をしてますね!
後世に残る、このような取り組みの紹介、ありがとうございます。
鈴木様 うれしい感想をどうもありがとうございます。日本の伝統がこのような形で貢献するのは素晴しいですね。