【STORY】私のセカンドライフ~義太夫修行日記④そして、初舞台の幕が開いた。

「定期公演に出てみませんか?」と師匠から初舞台のオファーをいただき、うれしいやらビビるやら。さらにお稽古を重ねること約1か月半、最後は覚悟を決め、いざその日がやってきました。

2019年9月1日。初舞台。

半年前、疲れた心をいやしにふらりと訪れた「阿波十郎兵衛屋敷」の門を、今日は出演者としてくぐる・・こんな展開をあの時想像していたでしょうか。人生、長く生きていると何が起こるかわからないものです。

まずは楽屋で衣装を着付けます。義太夫の舞台衣装は「裃(かみしも)」(肩衣と袴)という武士の正装。私はまだ自前の裃がなく、師匠からお借りしました。汗がにじみぼろぼろになった肩衣・・これまで何人の“新米太夫”たちがこれを着てドキドキの初舞台を迎えたことでしょう。

今日の舞台をご一緒する人形座は「平成座」さん。人形座と太夫(三味線」部屋は基本的には別組織なので、普段のお稽古も別々に行います。人形座12座と太夫部屋6部屋の組み合わせは、単純計算で36通り。当日の組み合わせは双方のスケジュールなどから決められ、本番前のリハーサルは一切ありません。(特別公演などは除く)

お客様に場内アナウンスが入ると、舞台裏を通って「床」(義太夫と三味線が座る場所)へと向かいます。この幕一枚を隔てた向こうには、いったい何人のお客様が待っているんだろう・・。

30分一本勝負。胸高鳴る。

外題はもちろん、『傾城阿波の鳴門 順礼歌の段』。

柝(き)が鳴り演者の名前が紹介されると、いよいよここからは“一人旅”。「義太夫は人形を見てはならぬ」という掟があり、舞台上で人形がどのように動いているかはわかりません。太夫、三味線、人形遣いがお互いの息を感じとり、一体となって物語を紡ぎあげていきます。

最初は緊張で声が出ず焦ったものの、大きな失敗もなくなんとか無事に終了。「初めてにしてはよかった」と師匠から合格点をいただき、県外から来られたお客様からも「よかったですよ。感動しました」と声をかけていただき、まずはホッ。なんといっても、こんな私をお客様の前で語らせてくださった師匠の勇気と心意気に、感謝しかありません。

三味線は、竹本友和嘉師匠。本来は義太夫である師匠は、弟子が語るときは三味線として寄り
添ってくださいます。なんとも不思議で、包まれるような安心感。緊張も少しだけやわらぎます。

初舞台は終わりじゃなくスタート。

「冷や汗かいてはじめて、ようけ(たくさん)のこと学ぶんよ」との師匠の言葉どおり、多くのことを体で学んだ初舞台でした。その後も月に一度ほどの頻度で定期公演に出演させていただき、出演数はこれまでに22回。(2021年4月末現在) 相変わらず緊張し、何度語っても満足できる語りはなく、それどころかどんどんと迷路に入り込み難しくなっていく。だからこそ、芸の道は面白いのかもしれません。

新しい俳号と、コロナと。

翌2020年から、長野紫寿(しじゅ)という舞台名を師匠より拝受しました。「紫」は、私が敬愛するアーティスト、故プリンスのトレードカラー。気持ちも新たにがんばるぞ~!と思っていた矢先、「新型コロナ」で世の中は一変。農村舞台をはじめ、イベント公演などはすべて中止に追い込まれる事態に。通常2回行われる十郎兵衛屋敷での定期公演も、11時公演1回のみ、という自粛期間に突入しました。

今年、初めてしつらえた“プリンス・カラー”の裃。この衣装がボロボロになるまで末永く頑張ろう。

お客様がゼロという日もありましたが、たとえ無観客でも私たち演者は精一杯舞台をつとめるのが使命。それにもし今ここで演じる場を失ってしまったら、再び舞台に戻ることは精神的・肉体的にも難しくなるかもしれません。細々でもこうして演じられる機会を利用し、歯を食いしばって前に進んでいかなけなければ、という思いはみな同じでした。

この期間を利用して、人形浄瑠璃を広く知ってもらおうと作り出されたコンテンツが、阿波十郎兵衛屋敷の動画シリーズ「#おうちで人間浄瑠璃」。私も『衛生阿波の鳴門 コロナ対策の段』というパロディー(でもいたって真面目)に参加させてもらいました。

阿波人形浄瑠璃の魅力や歴史、コロナ対策やパロディーなど盛り沢山の手作りおもしろ動画。 https://awajurobeyashiki.blogspot.com/2020/04/blog-post_10.html

学びとこれから

この連載の最後に、私がこの2年間で学んだこと、そしてこれからの抱負を記しておきたいと思います。

1)「遅すぎることはない」は人生を救う

私の人生のモットーは、Never Too Late(遅すぎることはない)」。自分で時間の壁を作ってしまうとそこで終わり。2年前に思い切って義太夫のお稽古を始めたからこそ、世界が広がり、今の私があります。それに、なんといってもこの世界ではまだ若手(笑)。

2)楽しむ!

何よりも自分が楽しまなくては、受け手にパッションが伝わらない。楽しむためには余裕を持つこと。余裕のためにはとにかく「稽古」です。

3)地元の伝統文化の継承と育成

阿波人形浄瑠璃は、2020年度徳島県の小学校の教科書に「地元の伝統芸能」として「阿波踊り」とともに紹介されました。これからの世代にこの素晴らしい芸能を継承してもらえるよう、教育機関と連動して魅力を伝えるお手伝いができればと思っています。

徳島県内で行われた「東京2020オリンピック聖火リレー」の最後を飾るセレブレーションは、おめでたい「寿式三番叟」で飾られました。(2021年4月16日)(写真提供:徳島県立阿波十郎兵衛屋敷)

「やればやるほど迷路に入って嫌になる。一回嫌いにならな、上手あならん。そこを乗り越えてはじめてその外題が好きになる。楽しみと苦しみは背中合わせ。浄瑠璃とはそういうものや」

かの人間国宝、故鶴澤友路師匠の言葉です。

80歳にして「近頃やっと三味線が面白くなった」とのたまい、100歳を過ぎて新しい外題に挑戦していたという友路師匠の生きざまをお手本に、この先も精進あるのみです。

昨年は中止になった「ビッグひな祭り(勝浦町)」で。地域のみなさんの前で語る機会は宝物。(2021年3月3日)

【動画】『おうちで人形浄瑠璃』

https://awajurobeyashiki.blogspot.com/2020/04/blog-post_10.html」

【動画】衛生阿波の鳴門 コロナ対策の段

新型コロナウイルスの感染予防を呼びかける、「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」

のパロディー動画。繊細な人形の手指の動きに注目。

https://www.youtube.com/watch?v=FC2u60FB8t8&list=UUMNAaN9JDZsHBWTFtUmkgPg&index=16

徳島県立阿波十郎兵衛屋敷(あわじゅうろべえやしき)https://joruri.info/jurobe/

阿波人形浄瑠璃の上演を毎日行っている芝居小屋。展示室では人形浄瑠璃に関する資料や「木偶(でこ)人形」、太夫の小道具、浄瑠璃用の太棹(ふとざお)三味線などを見ることができます。徳島の物産を集めたお土産ショップも人気。

Text/長野尚子

フリーライター、編集者。(株)リクルートの制作マネージャー&ディレクターを経て、早期退職。アメリカ(バークレー)へ単身“人生の武者修行”に出る。07年よりシカゴへ。現在は徳島在住。シカゴのアート&音楽情報サイト「シカゴ侍 http://www.Chicagosamurai.com 」編集長。四国徳島とシカゴの架け橋になるべく活動中。著書に『たのもう、アメリカ。』(近代文芸社)。 http://www.shokochicago.com/ 日本旅行作家協会会員。

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