能登へ。「人生の旅人がようやくたどり着いた森の中の仮住まい」に泊まる

その宿の名前は《茶寮 杣径(そまみち)》。「杣(そま)」とは深い森のこと。「杣人(そまびと)」とは森をさまよう人のこと。「杣径(そまみち)」とは杣人しか通らないほそく険しい道のこと。《茶寮 杣径》は「人生の旅人がようやくたどり着いた森の中の仮住まい」と、オーナーである“能登の塗師“赤木明登さんはおっしゃいます。

赤木さんは、大学卒業後編集者のお仕事をされたのち、輪島塗の工芸の道に入られました。弟子入り期間を経て、独立、工房を構えられ、今では多くのお弟子さんを持つ側に。その作品は国内外で高い評価を得ていらっしゃいます。開催される展示会には数多くのファンが駆けつけて、完売。実は私もその一人。年に一つ、また一つと買い足して、質の高い漆塗りの器を日々の生活に取り入れる喜びを知りました。

《茶寮 杣径》は、能登半島の里山の中にあります。元は、赤木さんの工房を訪ねてはるばるやってくる知人・友人のためのゲストハウスでしたが、著名な建築家・中村好文氏によるリノベーションで、1日1組4人までのゲストを迎え入れるオーベルジュとして2023年夏に生まれ変わりました。

「杣径」という名の通り、人家がある地区から山に中に入ってきて、カーナビの電波が途切れそうな頃に《杣径》と書かれた立て札が見つかり、無事到着。建物に入ってすぐ右側の大広間は「オザシキ」。32畳ほどの広さで、スタイリッシュな北欧風ソファが置いてあります。20-30人集まっての落語会や音楽イベントなどが開催されているそうです。赤木さん曰く、「僕が死んだら、ここで葬式、セレモニーホールとして使う予定。それまでは、みんなで集まってもらう場にしたいんだよね」。赤木さんらしいユーモアと美学です。森が見える大きな窓が気持ちがいいスペースです。

玄関からそのまま直進するとこの建物のアイコニックな場所とも言えるライブラリーになります。2階まで吹き抜けの書庫には、赤木さんの蔵書約2000冊がぎっしりと並べられています。ご自身の著書も多く出版されている赤木さん。編集者だったというバックグラウンドもあり、大変な読書家なのですね。背表紙の文字を辿っているだけで、赤木さんの頭の中を覗いているみたいです。ゲストは滞在中に読んでも良いとのこと。素敵な時間になりそうです。

二階には二つの客室。シングルベッドが二つあるお部屋とキングサイズのベッドが一つのお部屋の2タイプになっています。お部屋には赤木さんが収集されてきた美術工芸品がさりげなく置かれて、一つ一つ見入ってしまいます。それぞれのお部屋にバスルームとお手洗いがあるのですが、キングサイズベッドのお部屋のバスタブはなんと漆塗りなのです‼️ 湯船に浸かっていると、漆塗りのお椀に中の具になったような気持ちになるかも⁉︎ 他の宿では経験できない浴槽ですから、ぜひゆったり浸かってくださいね。

日が沈む頃、お楽しみのお食事です。1階の大広間の「オザシキ」の奥の扉を開くとカウンター8席のお食事処。厨房を預かるのは、優しい笑顔が素敵な北崎裕さん。京都の料亭で修行され、各地の割烹料理店やホテルで料理長を勤めた後、ご出身である石川県に戻られて「茶寮 杣径」の料理長に就任されました。地元の漁師さんや農業生産者との絆を大切にされ、料理が生まれた背景や歴史に思いを馳せる料理人です。

ディナーは、赤万願寺や甘柿など秋の野菜の盛り合わせ、おおまさり(落花生)とタコの煮物…おいしい北陸の素材が続きます。土瓶蒸しは、芝茸・シャカシメジ・ハタケシメジ・白松茸など天然キノコがたくさん。赤木さんや北崎さんが里山に入って探してこられたものです。この時期に能登に来ることにしたのは、ズバリ、キノコ狙いでしたので、嬉しい!お刺身はカサゴとアオリイカ。メインのお肉は地元で獲れた猪。どれも、食材が豊富と言われる能登のものを使い、素材の良さが感じ取れる素晴らしいお料理です。器も、赤木さんが塗られた折敷やお椀はもちろんのこと、故・黒田泰蔵氏の白磁、能登で活躍する現代作家のガラスや焼き物など、お食事を一層楽しませてくれるものばかり。

お食事のお供には、私はアルコールペアリングをお願いしました。日本酒中心で新政・松の司・白藤酒造などの酒蔵さんに特別に作らせたものが次々と供されます。盃を選べるのですが、私がピンときて手に取ったものは、安土桃山時代の盃。美味しいお酒がさらに味わい深くなります。

1組4名までの貸し切りのオーベルジュですから、お食事後は、他のゲストに気兼ねすることなく、ゆったりと過ごせます。おしゃべりで夜更けまで過ごすのもいいですし、赤木さんの蔵書を手に取り静かな時間を過ごすのもいいですね。

《杣径》の朝食は、能登の名水「古和秀水」のお白湯から始まります。次に精進出汁に能登の塩と山椒オイルを垂らしたもの。胃腸に優しい温かい液体から始まるのは、「前夜にお酒をたくさん召し上がるお客様が多いので」。私もその一人ですと苦笑してしまいました。地元漁師さんから買ったカマス、キノコたくさんのお味噌汁、卵豆腐、ご飯のお米は明治時代に食べられていた「銀坊主」という品種。身体に優しい朝食です。

朝食後ゆっくりしてから、チェックアウト。杣径で使われていた名水の場所を教えてもらい、汲んで帰ろうとレンタカーで山奥へ進みました。細くて、くねくね曲がっていて、なかなかの厳しい道です。北崎さんをはじめスタッフで交代で水を汲みに来ているのかな、冬は大変だろうな、でもこんな山の中の湧水だからお料理もさらに美味しくなるのだろうな、なんてことを考えながら水を汲んで帰りました。

せっかくキノコの季節に能登に来たのだから、直売所を廻ってキノコを買って帰ることにしました。北崎さんに近隣の直売所の場所を伺い、アミダケ・モミタケなどを東京ではお目にかからない自然の恵みをたくさん買って能登空港から帰途へ。帰宅後には早速洗って下処理、輪島の朝市で買った海藻や直売所で買った油揚げなどと一緒に、汲んで持ち帰った名水「古和秀水」のお水でキノコ汁にして頂きました。頂くお椀は、もちろん、以前購入した赤木さんの輪島塗のものです。

4年前までは行ったことがなかった能登。今ではすっかりハマって、年に何回も訪れています。《杣径》の再訪はいつにしようかと思案していると、赤木さんから「1月〜3月の海藻のシーズンはどうですか?」とご提案が。「能登では、30種類以上の海藻を生で食べ分ける文化があります。天然キノコ以上に珍しいですよ」。

《茶寮 杣径》の再訪は、近いタイミングになりそうです。

茶寮 杣径 https://somamichi.jp

Text /トラベルアクティビスト真里

世界中、好奇心を刺激する国々を駆け巡るトラベルアクティビスト。外資系金融機関に勤務の後、1年の3分の1は旅をする生活へ。ジョージア、バルト3国はじめ訪れた国は50カ国以上。日本中も巡り、行った先で出会った人、風景、食etc. 旅の醍醐味をレポートします。

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