日本酒が美味しい季節。自分でお酒を選ぶ時、馴染みのある銘柄も良いけれど、新たな味に出会いたい時、何を基準にしますか?嗜好品とは言え、体に取り込むものだから、味が好きというだけでなく、どんな原料からどのようにつくられたものなのか、わかった方が安心ですよね。地域ブランドにタダ乗りしたような模倣品には引っ掛かりたくないものです。

そんな時、頼りになる指標のひとつがGI(Geographical Indication)です。GIとは、地域の共有財産である産地名を守り、適切な使用を促すための地理的表示保護制度。産地が申請し、国税庁長官からの指定を受けて初めて名乗ることができます。このGIを国内で初めて2段階指定で受けているのが、「GI信濃大町」です。2021年に既に「GI長野」を取得した上で、原料米の田んぼにまでエリアを絞り、さらに生産プロセスまで独自に指定、その基準をクリアした酒だけが名乗ることのできる「GI信濃大町」。この厳密さは他に類を見ないものです。2023年6⽉30⽇に指定を受けました。

酒づくりにおいて欠かせないのが、良質な水です。居谷里湿原では北アルプスの雪解け水が濾過され清冽な湧水となって溢れ出します。大自然の恵みである清らかな水で仕込んだ酒は、独特のまろやかな味わいを呈します。

水利の良さは、この地を特別な稲作地にしました。北アルプスの冷たい水は、青木湖、中綱湖、木崎湖を経由して大町に流れ込む間に適度に温められ、標高700〜800mの冷涼な山岳地域における米の栽培を可能にしました。田んぼでは水量豊富で温度も安定した水を頻繁に入れ替えられることに加え、米の生育期の日照時間が長いこと、日較差が大きいことも、良質な酒米ができる大きな鍵となっています。酒米と米麹に使用される品種は美山錦、ひとごこち、金紋錦、山恵錦の4種です。

料理とのペアリングを考案したグザヴィエ・チュイザ氏は、パリの5つ星ホテル、オテル ド クリヨンのシェフソムリエ。ワインに例えると、GI長野はニュートラルでありながらアロマティックなシュナン・ブランだと言います。一方、GI信濃大町はサンセールのような最高級のソーヴィニヨン・ブラン。ピュアで繊細、エレガントでフィネスがあり、クリスタルのような透明感は、女清水(おんなみず)と呼ばれる仕込み水からの女性的な側面が生み出すバランスだと分析しました。2022年フランス最優秀ソムリエであり酒サムライの叙任者でもあるチュイザ氏ならではの、クロスオーバーな視点が感じられます。

チュイザ氏が提案したペアリングのアイディアをベースにアレンジした料理と合わせてGI信濃大町認定酒を味わいました。写真右からABCの順でご紹介します。

A.カリフラワーのローストと菊芋のフリット × 市野屋 生酛純米吟醸 ひとごこち
デリケートでウイキョウとグリーンアニスの香り、植物系のニュアンスのある純米吟醸に野菜料理を。ワインとは難しいアーティチョークに合わせたいというチュイザ氏の提案を基に、よりクセのない野菜を用いているため、すんなり馴染みやすい組み合わせです。

B.仔牛ロースのグリルジロル茸を添えて × 北安大國 純米59
華やかでスパイシーな香り、ホワイトペッパーの風味も感じられるパワフルなフルボディの純米酒の凝縮感に、牛肉の食感とジロル茸の甘い香りとピリリとした食味、そして歯ごたえがぴったり合います。

C.リ・ド・ヴォーのソテー菊芋のクリームソース × 問世 生酛純米
生酛の個性をよく表す凝縮した味わいに、デリケートさとエレガントも共存する純米酒に、柔らかな食感の仔牛の胸腺を。優しい口あたりのクリームソースとのバランスが秀逸です。

多くのGI信濃大町は低めの温度であまり空気に触れさせず供出すべきだけれど、この「間世 生酛純米」だけはデキャンタージュが必要な日本酒とのチュイザ氏のコメントを受け、料理とは別に別途テイスティングを。ふっくらとした旨みや腰の強さが立ち上がって来て、より濃い口で脂ののった料理でも合わせられそうな印象を受けました。
日本酒の新しい未来を予感させるGI信濃大町。現在、生産しているのは、以下の3つの酒造です。
市野屋
薄井商店
北安醸造
Text /近藤さをり

ワイン&グルメPRスペシャリスト。ドイツで5年間、日本企業のワイン仕入・販売や、現地ワイナリー勤務を経て帰国。洋酒メーカー広報部、PR会社勤務を経て現在に至る。カリフォルニアワインのPRに15年以上携わる間も、執筆活動は国やジャンルを問わず。JSA認定ソムリエ、ジャパンビアソムリエ協会認定ビアソムリエ。