江戸時代の文化・人々の生活様式を表現した「浮世絵」。風景や名所を描いたもの、当時人気だった花魁や歌舞伎役者を描いた美人画や役者絵、幽霊や妖怪を描いたものもありますね。現在、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)で開催中の【おいしい浮世絵展〜北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい〜】は、食べ物が描かれている浮世絵にフォーカスした展覧会です。
天下太平の江戸時代になり、お花見をはじめとする季節行事や行楽・歌舞伎見物など、庶民の娯楽が広まります。それに伴い、弁当や屋台などの食文化もさらなる発展を遂げ、身近なものになります。広重・北斎・国芳・豊国・国貞・写楽など大御所の絵師たちは、庶民の生活の様子を描いた浮世絵の中に鰻・寿司・蕎麦・天ぷら等も描き込みました。
三代歌川豊国(国貞)「見立源氏はなの宴」を見てみましょう。中庭には満開の桜。座敷にいる男女は桜を愛でているかと思えば・・・ごちそうに心がそそられているようです。鯛と鮪と思われる紅白のお刺身には大根おろしや山葵などの薬味もついています。握りずしもあります。中心の男性は、隣の女性にお酌をさせて上機嫌な様子。お花見を口実にみんなで集まって飲んだり食べたりして楽しそうです。
一番印象に残った浮世絵は、歌川国芳「春の虹蜺(こうげい=“虹”の意)」。女性が、鰻の両端に刺した串を両手で持って、今まさにガブっと一口食べようとしているところ。すると空に虹がかかり、女性は目だけ動かして、「あ、虹だ」と言っているかのようです。でも、きっと次の瞬間には視線を戻して、鰻を食べるのでしょうね。花より団子。美味しいものが大好きだった江戸の人々の気持ちがよく表されている作品です。この浮世絵は、楕円形の和紙に刷られている、団扇用の浮世絵「団扇絵」です。木製の骨に貼り付けて団扇として使われ、古くなれば捨てられます。団扇に加工される前の状態で残っているものは珍しく、描かれたモチーフ以外の部分にも目を向けさせてくれます。
音声ガイドのナビゲーターは、声優・江口拓也さん。落ち着いたお声でのナビゲートは私たちを江戸時代に誘ってくれます。ボーナストラックにはお笑いコンビ・ナイツのお二人が、「東海道中膝栗毛」の弥次さん・喜多さんに扮して、東海道の宿場や名物茶屋で食べるべき美味しいものを紹介してくれます。東海道で二十番目の宿場町・鞠子の名物は、地元の自然薯を使った「とろろ汁」。季節物のようで、いつでも茶屋に用意してあるものではなさそうです。ナイツの弥次さん喜多さんは、とろろ汁にありつけるのでしょうか?音声ガイドを聞いてのお楽しみにしてください。
食に関する古文書の展示も興味深いです。豆腐の様々な料理方法を紹介した「豆腐百珍」は現代のレシピ本。名物料理屋を紹介する「江戸買物独案内」はグルメガイドですね。「関東醤油番付」は、どこの醤油の醸造家が美味しいかというランキング。行司にはヤマサ醤油の廣屋儀兵衛、東の関脇にはキッコーマンの前身である茂木佐平次の名前も。「せっかくなら美味しい物食べたい」「どこの店が評判なのだろう」と、みんなが知りたいことは今も昔も変わらないですね。
「今も続く名店」という展示コーナーでは、寿司・鰻・蕎麦などの江戸時代から続く現代の名店が紹介されています。観賞している間に無性にお腹が空いてきました。おいしい天ぷらと鰻が食べたい!
数日後、「今も続く名店」のひとつ「天ぷら 近藤」のランチの予約が取れたので、銀座に行ってきました。店主の近藤文夫さんに、「『おいしい浮世絵展』で紹介されていましたね。」とお声をかけると、「鰻や蕎麦で紹介されていたお店は何代も続いていらっしゃるところばかり。うちはまだ私一代だけですから」と控えめなお返事。いえいえ、何代も続く老舗と並んで紹介されるほどの名店ということです。海老や江戸前の穴子・契約農家による季節の野菜を、小気味よいテンポで次から次へ揚げていかれます。この無駄のないペースが「江戸」という感じ。衣は極めて薄く、素材のよさを生かす、ちょうど良い火入れです。サクサクとして、本当においしい!
「おいしい浮世絵展」が開催されている六本木ヒルズから徒歩数分で行ける麻布十番商店街には、「今も続く名店」で紹介されていた蕎麦「総本家更科堀井」があります。現在の店主はなんと九代目。展覧会帰りにお蕎麦をいただきながら、江戸時代の食文化に思いを馳せるのも粋ですね。
森アーツセンターギャラリ— https://macg.roppongihills.com/jp/
【おいしい浮世絵展〜北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい〜】
会期:2020年9月13日(日)まで 入場は日時指定制
Text /トラベルアクティビスト真里
世界中、好奇心を刺激する国々を駆け巡るトラベルアクディビスト。外資系金融機関に勤務の後、1年の3分の1は旅をする生活へ。ジョージア、バルト3国はじめ訪れた国は50カ国以上。日本中も巡り、行った先で出会った人、風景、食etc. 旅の醍醐味をレポートします。