最近、テレビドラマを見て感情移入して涙ぐんでしまったり、映画を見て涙があふれ出たりした経験はありませんか? また街中で暴言を吐いて乱暴に振る舞ったりする高齢者を時々見かけることはありませんか? 涙もろいことと、怒りやすいこと、まったく違うことのように思えますが、実は大脳の中枢である前頭前野の機能低下が真の理由なのです。
涙もろいは、抑制機能の低下が原因
年を取ると涙もろくなるのは、感情移入しやすくなったのでも、感受性が豊かになったのでもありません。脳の司令塔と言われる前頭前野は、「考える」「記憶する」「判断する」など、人間にとって重要な働きを担っています。そして「感情の抑制」や「感情のコントロール」なども、前頭前野の重要な役割です。つまり涙もろくなったのは、この部位が担っている「感情の抑制機能」が低下してきているからなのです。
最近、とっても涙もろくなって、赤ちゃんや動物の動画を見ているだけで泣けてくる、同世代の友人が言っていました。20歳をピークに直線的に下降することがわかっている前頭前野の機能ですが、50歳前後でさらに下降の角度は急になり、衰えが進んでいきます。そんな友人に私は、「動画を見て涙がでるのは、優しさや感動もあるけど、脳の衰えが原因!」と伝え、脳を鍛えたほうがいいとアドバイスしています。
キレる、怒るも、抑制機能の低下が原因
2016年版『犯罪白書』によれば、20年前と比べて高齢者の「暴行」は49倍に増加しています。犬同士のトラブルで相手の顔面を数十回殴った81歳男性が逮捕されたり、たばこのポイ捨てを注意されたことに腹を立て、6歳の男児の首を絞めた75歳男性が逮捕されたり、連日ニュースになっています。
このような刑事事件にならずとも、駅員やコンビニ店員などに対して、ものすごい剣幕で怒鳴りつける高齢者が増えているような……そう感じている方は少なくないはずです。そして自分自身も、相手の何気ないひと言やちょっとした行動で、すぐカッとなったり、怒りをぶつけてしまったり、怒りをうまくコントロールできないと感じることはありませんか?
怒りの感情は、脳の「大脳辺縁系」というところで作られ、その怒りを抑制する役目を果たすのが前頭前野です。やはりキレる、怒るも、「感情の抑制機能」が低下してくるからなのです。前頭前野の衰えは年齢とともに機能が低下するので、普通なら我慢できるようなことでも、50歳をすぎ、さらに高齢者になると、感情の抑制や感情のコントロールができなくなり、つい言動に出てしまうというわけです。
抑制機能を鍛える“簡単”脳トレ
キレにくくなるため、感情をコントロールするため、衰え始めた前頭前野を鍛えるためにはどうしたらよいのでしょうか? まずは「有酸素運動」「栄養」「睡眠」「認知刺激」。不老脳【1】も参照ください。
そして「感情の抑制機能」を鍛える、行動制御の脳トレもおすすめです。ここでの行動制御とは、左右それぞれ別々の動きをすると、思わずどちらかにつられてしまうという行動を意識的に制御する機能のことを言います。行動制御の脳トレでは、例えば、左右の手で違う動きを同時に行います。左右の手で同じ動きをシンクロして行うときは、脳には強い負荷はかかりません。しかし別々の動きをしようとすると、左右の手がシンクロしないように強く意識し、自然にシンクロして動いてしまうことを抑制します。
行動制御を手軽にできる脳トレの例としては、下の図のように左右の手で違う動きを繰り返し行います。利き手は、「グー・パー・チョキ」の順番に、利き手でないもう一方の手は「パー・チョキ・グー」の順番で動かします。まず、それぞれの手の動作を練習します。次に、同じタイミングでできるだけ早く両手を動かします。30秒間に4回繰り返せるように練習しましょう。
こうした抑制機能を鍛えることで、怒りを抑制するだけでなく、イライラや不安を調整する効果も期待できます。高齢を迎えた時に穏やかな人柄でいるためには、かつ体も脳も健康で、自分のやりたいことを存分に楽しむためには、脳を鍛えて前頭前野の機能を維持することが、とても大切なのです。
Text / 糸藤友子
リクルート→ベネッセ→ミズノを経て、現在は脳科学ベンチャーで、脳の可能性を最大化するためのサービス開発(【Active Brain CLUB】https://www.active-brain-club.com/)などを担当。認知症の知識や予防の技術を学び「認知症予防専門士」と、発酵の原理・歴史・効果などを学び「発酵マイスター」の資格を取得。脳腸相関に基づき、脳活と腸活による健康寿命の延伸をミッションとして活動中。