ワインが好き!というところから始まって、インポーターの仕事を始めることになったところまでは、自分の意志。しかし、それでは終らず。早坂さんの身には3足目のわらじが飛んでくるのでした…。
初めてスキーに行ったときに、長野出身の友人に「じゃあここから」といきなり上級者コースに連れて行かれ、置き去りにされました。必死の思いで半分転がりながら降りていたら、スキー場内のライフガードのようなお兄さんに「もしかして初めてなんじゃない? なんで上から滑っているの?」と助けられたというエキサイティングな思い出です。
そんな、いきなり上級者コース放置的なことが、ここに来て再び勃発!
ライターとワインの輸入と通販だけだったはずが、大きなレストランの経営までしなくてはいけない事態になったのです。投資家の方が、他の飲食プロデューサーと組んで横浜駅東口に50坪の店舗を借りて、その一角(10坪程度)に通販だけでなくリアル店舗を出店する予定だったのですが、店舗の設計途中で飲食プロデューサーが投資家の方と意見が合わず、降りてしまうという事件が起きてしまいました。
私の方は、酒販店の申請を税務署に提出して進めていましたし、レストランができないとなると残り40坪がもぬけの殻だなんて困るわけです。後任の飲食店をやってくれる人を探しましたが、なかなか見つからず、なんとかしなくてはとライター時代に取材し知り合ったシェフなどに声をかけ、創業スタッフを集めました。
まさに「上級者ゲレンデに連れて行かれたら、滑って降りるしかない」と同じ事態。
飲食店開業の知識が皆無。これまたいろいろな人に聞きながら進め、初代スタッフの経験と知識に大きく助けられ、横浜初酒屋併設のフレンチレストランがオープンしました。レストランでワインをいただくときの価格やマナーなどの敷居をなるべく低くし、新井順子さんの自然派ワインで感じた身体が喜ぶワインをたくさんの人に提供したいという思いで無我夢中でした。https://wlifejapan.com/2018/01/19/emistory1/
自分の夢を形にしたいと思った時、何もかもできる必要はなく、自分に足りないところはたくさんの人の力を借りることによって実現していくものだと実感しました。
夢の舞台はできました。さてここから実際の運営です。経営者が一番頭を悩ませるのが、金と人の問題。さてビギナー飲食店経営者に、どんな問題が起き、どう対処していったのかは次回でお話しましょう。
Text /早坂恵美
早稲田大学卒業後、地元広島の地域雑誌創刊編集長を経てフリーランスライターに。結婚して12年間の専業主婦の後、「saita」「STORY」などの女性雑誌を中心にライター業を再起動。47歳でワインのインポート会社を起業の後、飲食店も経営。現在は自然派ワインの販売を主な事業とする株式会社オーシャンダイナーズ代表取締役。横浜在住。